元旦より三日間、当山恒例『新春祈願護摩供』を摩尼殿内不動尊前にて厳修いたします。
皆様の光り輝く希望の年の招福延寿のために、開運厄除・家内安全・無病息災等の諸願成就の御祈願をなされますよう、謹んで御案内申し上げます。
元日 - 0:00・14:00
2・3日 - 10:00・14:00
摩尼殿内 不動尊前
一体 五千円。
摩尼殿納経所窓口で受付致します。御来山頂けない方は、別紙のお申し込み用紙に必要事項を御記入の上、FAXか郵便にて法要事務局までお送り下さい。護摩札は後日郵送にてお届け致します。
護摩札を授与し、導師による加持(かじ)・願意読み上げを致します。事前申込みの方の分に付きましては元旦午前0時に執り行います。
祈願料は摩尼殿受付窓口に直接御持参頂くか、現金書留又は郵便振込での御入金をお願い致します。郵送先・振込先は申込書に記載してあります。
大願成就・心願成就・諸願成就・交通安全・開運厄除
開運招福・家内安全・商売繁盛・身上安全・病気平癒
無病息災・身体健固・家門繁栄・学業成就・合格祈願
就職成就・五穀豊穣・釣果大漁・海上安全・営業繁栄
社運隆昌・子孫長久・家庭円満・福寿長命・良縁吉祥
安全祈願・旅行安全・工事安全・七難即滅・七福即生
五百円・千円の護摩木は随時、摩尼殿にて受け付しております。
「書寫山圓教寺修正会」(鬼追い)は、寛弘4年(1007年)当寺開山の性空上人の入寂後間もなく始められたものとされています。上人の遷化の後、生前から上人を守護し続けてきた乙天・若天の両護法童子(不動明王・毘沙門天)を山の鎮守として祀りました。奥之院開山堂横にある護法堂がそれです。この両護法童子は、五穀豊穣をもたらし災いを福と転じさせる神としても尊崇されています。修正会が行われるようになると、この護法童子を「悪鬼(災厄)を追い春を呼ぶ神」として登場させました。以来今日に至るまで、圓教寺の「鬼」(春を呼ぶ神)は護法童子のことを指します。
元々修正会は夜を通して行われていたため、僧侶の供養法要を初夜座(そやざ)、両護法童子の舞踏祈願を後夜座(ごやざ)とも云い、摩尼殿内部は完全に閉堂されて、ローソクと松明の明かりのみを頼りに法要が行われます。法要中に「鬼の箸」と呼ばれる魔除けの箸が配られますが、それぞれの導師が法要中にこれを加持したものです。外陣中央には「鬼の花」と呼ばれる造花が飾られています。これは法要中に諸善神を勧請するため、善神来臨のための依代(よりしろ)の意味があります。
摩尼殿に於いて午後1時より法要が開始します。圓教寺長吏はじめ、山内僧侶、末寺、縁故寺院住職約25名の出仕による観世音菩薩に対する供養法要執行後、引き続き両護法童子の舞踏祈願が行われます。宝剣を握る青鬼、赤鬼は槌を背負い松明を翳し、鈴を鳴らして、四股を踏むように四方四維の大地を踏みしめるのですが、これは大地を浄めて五穀豊穣を祈る行為です。
護法童子の舞踏祈願は代々書写東坂の梅津家の役となっています。梅津家は、性空上人がこの地に来て以来、一千年を超えて上人と圓教寺の世話をしてきた一族です。
1月18日 13:00
摩尼殿/白山権現 拝殿
外陣への入場に制限はありません。(約200人収容)
但し午後1時より2時間閉堂します。入場料も設けておりません。
当日は秘仏の六臂如意輪観世音菩薩、および国指定重要文化財・四天王立像の開扉をいたします。御開帳は1年に1度、この機会しかありません。
午前中は内陣自由参拝。法要終了後も自由です。
※ 基本的に写真撮影は禁止ですが、許可時間内であれば撮影可能です。ただし、内陣での撮影は、圓教寺寺務所で配布する許可腕章を着用のこと。
牛王宝印(ごおうほういん)の護符をつけて、信者に配られる鬼の箸は、古来より、断ち割り削って箸にして使うと、健康なからだになるとか、歯が丈夫になると言われています。この鬼の箸に使われている木は、この地域では「タラノキ」と呼ばれていますが、正しくは「カラスザンショウ」という木で幹に鋭いトゲがあるところから魔除けとしての鬼を思い起こさせられます。また、健胃薬としての効能も認められているそうです。
無病息災、健康であるということは、すべての幸せの根幹です。
御開山性空上人の壱千年の御遠忌を記念し、ながく圓教寺を支えて下さった信心の皆様の「無病息災」を祈念し「鬼の箸」を授与致します。
摩尼殿 納経所までお問い合わせ下さい。
500円(二膳入り・100組限定)です。
2月3日は節分の行事を行います。立春の日は季節の変わり目であると共に一年の節目とも考えられ、この節目の日(立春の前日=節分)に鬼(厄災)を追い払う行事が行われます。圓教寺の節分行事は大正13年が始まりですので、比較的新しい行事と言えます。
午後1時より摩尼殿内陣にて、圓教寺長吏により如意輪加星供〔星祭〕という密教の修法が行われます。これは圓教寺の信者様のために『宿曜経』の経説に基づいて、悪星を善星に変え、福寿増長・願望成就・病患消除を祈願します。
同じく1時から摩尼殿内護摩所において不動明王護摩供養法が修されます。総じては国内安穏を願い、各々別には如意輪加星供にて祈願された札を護摩の煙に翳して加持をします。福豆もまた摩尼殿御宝前に於いて祈祷札と共に修法を受けたものです。
圓教寺で行われる節分の行事は、意義としては福豆授与も含めて「修正会」(鬼追い)の延長にあるもので、年頭に当たって悪鬼・邪鬼を退散させ、来る年を安穏であれと願うものです。
護摩供が終了してからは、年男による豆撒きが行われます。毎年3,4人の年男と圓教寺長吏、並びに山内僧侶によって催されます。豆を撒く行為は「マメ」が「魔滅」に通じるためという意味もあるそうです。
豆は直接撒かずに袋に詰めたものを使用しますが、袋の中には金の観音像一体の引換券、銀の観音像二体の引換券、大鏡餅の引換券、多数の宝金が入っています。引換券は豆撒き終了後、内陣でそれぞれと引き替えとなります。毎年多数の参拝者があるため、怪我の無きよう摩尼殿のお守りや納経関係の物品はすべて外に移して、堂内を空にして臨みます。
令和4年2月3日 13時
13時〜 如意輪加星供〔星祭〕修法開始
13時〜 不動明王護摩供養法
14時ごろ〜 年男による豆撒き
摩尼殿
入場は無料です。
書写山の春は、正月準備から始まり鬼追いを終え、節分の行事 でようやくひとくぎりです。
しばらくは静かなお山にもどり、本当の春とともにやってくる巡礼の方たちを待ちわびます。
古来より、私たちは皆その年々の星の気をうけて生まれると言われてきました。時と共に成長し生活環境や体調が変化するように、星もまた一定の周期をもって運行し、私たちに影響を与えていると考えます。その星が下の表のとおり、年々順に廻って行きますから、善い年と気をつけなければならない年ができるのです。
星祭と云うのは年の変わり目にその年の星をまつって、悪い年は無事災難を免れるよう、また善い年は一層良くなるよう祈るものです。
なに人もその年の無事幸福を願わぬ者はありません。この意味で七福即生、七難即滅の祈祷をするのです。
御家内はもちろん御知人の方々へもお勧め下さいまして、来たる一月末日までにお申込み下さい。
皆と喜びを共にし、共に栄えることは神仏の願いです。
一、当山では来る二月三日節分会に何才と云うその年の当たり年の星(当年星)をまつり御祈祷をして一人一人に御守札を授与します。
一、星祭りの申込につきましては、郵送の場合は一月末日までにとりまとめて、当日申込はお昼までに摩尼殿納経所へ申しつけ下さい。
一、お札は当日ご来場の際、納経所にて冥加料の納付と引き換えにお受け取りください。また、お札の郵送をご希望の場合は、冥加料を郵便振替にてご送金ください。
紙札1,000円、木札3,000円
6日12:00から9日12:00までの72時間、途絶えることなく法華経を読誦する行で、序品第一から普賢勧発品第二十八までを繰り返します。
性空上人は寛弘4年(1007) 3月9日彌勒寺に於いて、門弟を集め、明日10日に生身を捨てるということをお告げになられ、10日未刻、西に向かって坐禅し、九十八歳で遷化されました。
この行事は性空上人御命日までの三日間、毎年途絶えることなく続けられておりましたが、明治以降久しく中断。平成9年、旧来どおりに復興しました。
江戸末期までは書写山内の東谷、中谷、西谷の衆徒が、歳末に行われる三千佛名会と同様に1日ずつを交代で担当していました。
現在では、開闢と結願は一山の衆徒全員出仕となりますが、それ以外は2~3名が交代しながら、三日間、昼夜途絶えることなく読経を続けます。
法要出仕の僧侶は、書写山内、末寺だけでなく宗派を超えて御参加いただいております。
天台宗は、法華経を基本教典としますが、なかなか全文を読む機会がないものです。是非この機会に法華経三昧をお勧めいたします。
一般の方は、期間中御都合の良い時間に外陣で聴聞なさるだけでも結構ですので御参加ください。
3月6日 12:00
〜 3月9日 12:00
奥之院 開山堂
大講堂に於いて天台声明が流れる中、胎蔵界行法が行われます。
3月10日 13:00
奥之院 開山堂
寛弘4年(1007年) 3月10日(旧暦)、書写山をお開きになった性空上人は98歳でお亡くなりになりました。 新暦の4月10日は上人様の御命日です。
3月6日 正午から、9日 正午までの72時間、妙法蓮華経の不断読誦会の後、3月10日には胎蔵界曼荼羅供法要が行われました。
御命日の法要は、法華三昧法要で、山内の住職、僧侶の他、縁故寺院の御住職様方、総出仕の元、厳かに執り行われます。
また法要の前後、奥之院開山堂の御開帳をいたします。
1998年に発見され、上人の没後間もなく彫られたと思われる坐像(平安時代)が、2008年に県重要有形文化財に指定されました。
3月10日と今回だけの、年に2度の特別御開帳をいたしますので、是非とも間近に上人様に御対面下さい。
法要時間の1時から3時頃までを除いて内陣に参拝して頂けます。
4月10日 13:00
奥之院 開山堂
彼岸とは
彼岸は日本でのみ行われる宗教行事です。インドでも中国でも行われていません。
春と秋、現在では3月春分と9月秋分の前後一週間を「お彼岸」と称して、ご先祖や近々にお亡くなりになった方々の供養をする期間です。仏壇での回向をはじめお墓や各寺院の参拝をし、ご先祖やお亡くなりになった方々に手を合わせます。翻ってそれは家内や共同体の安穏にも繋がります。
『日本後紀』によれば、平安初期(延暦25年)に早良親王の怨霊を鎮めるため、春分と秋分の前後七日間『金剛般若波羅蜜多経』を転読させた─、このことがお彼岸行事のはじまりです。
早良親王は、時の帝である桓武天皇の弟君でした。奈良から長岡京の遷都に際して、桓武天皇の寵臣であり遷都の主任者でもあった藤原種継が暗殺されました。その首謀者として嫌疑がかけられ、淡路島へ配流の際、餓死されました。無罪を主張するための断食によるものだそうです。その後3年の内に、桓武天皇のお后や母君をはじめ多くの近親が逝去されました。また疫病や飢饉が相次ぎ、これを早良親王の怨霊の仕業と考え、都を現在の京都である平安京に移し、怨霊を鎮めるための数々の措置がなされました。
平安京遷都、そして名誉を回復するため、崇道天皇の諱が贈られました。そのような中で怨霊鎮めの加持祈祷や上記の彼岸行事がなされました。
平安京・京都は四神相応の地と言われます。それが平安遷都の理由です。神に護られた土地とは、東に川が流れ・南には湖・海があり・西には大道が開け・北には山が聳える─このような土地が相応しいとされます。東の川には青龍・南の湖は朱雀・西の大道は白虎・北の山は玄武がそれぞれ護るという配置です。京都の東は鴨川が流れ、南は巨椋池が、西の大道は山陰道、北の山は船岡山が聳えています。そういえば、姫路も同様で東には市川が、南は瀬戸内海、西は鳥取に繋がる29号線、北には書写山・広峰山・増井山の三山が聳えています。まさに四神相応の地です。書写山も姫路を護る山として重要な位置を占めています。
民俗神道の観点からは、彼岸のことを「日願」とか「日拝み」と称する太陽崇拝の意味での信仰も存在します。私はこの民俗信仰と仏教が混在して今日の彼岸行事になったのではないかと思っています。まさに太陽の向こうに先祖の住まう「常世の国」が存在し、我々はそこに極楽世界と先祖の国を遙拝するのではないでしょうか。ちょうど稲魂の種を撒き、魂を大地に付着させる時節が麗らかな春分の頃、稲を刈り取り収穫に感謝する時節が、爽やかな秋分の頃です。この田の神である祖先神に対する予祝の祭りと収穫の祭りに相当する行事が彼岸と申せます。そのご先祖は、極楽世界・常世の国から山に降臨して山の神となり、春には山から下って田の神となり、収穫が終われば山に戻り極楽世界・常世の国に帰ってゆくのだと私は思っています。
その先祖が降臨する山として、姫路の街を護る山として、この書写山が存在しているのです。
(妙覺院 剛圓)
春秋彼岸中日 13時〜
摩尼殿
三千仏とは、過去・現在・未来に出現する三千の仏さまのことです。三千仏礼拝行は本尊様や僧などに向かって、己の過ちを告白して懺悔(さんげ)する人々を救済するための悔過法要で、圓教寺では数百年続いている歳末の行事です。本来は僧がすべての人の罪を被り、罪を犯した人々のかわりに懺悔する苦行ですが、この歳末に、圓教寺の僧侶とともに自分自身の心の垢を削ぎ落としていくつもりで行じてはいかがでしょうか。
過去・現在・未来の三千の仏様のお名前を唱えて、五体投地礼を行います。
12月14日 過去荘厳劫千仏
12月15日 現在賢劫千仏
12月16日 未来星宿劫千仏
大講堂
無料
この行事にはどなたでも自由に参加していただけます。
御都合の良いときに来て頂いて、体力に無理のない程度で、礼拝してください。もちろん座ったままで、仏名を一緒に唱えて頂くだけでも充分な礼仏です。
100名様分の御用意があります。すべて読み仮名付です。
9:30 - 10:00 | 〜100 |
10:00 - 10:30 | 〜200 |
10:30 - 11:00 | 〜300 |
11:00 - 11:30 | 〜400 |
- 休憩 - | |
11:30 - 12:00 | 〜500 |
12:00 - 12:30 | 〜600 |
- 昼食・休憩 - | |
13:30 - 14:00 | 〜700 |
14:00 - 14:30 | 〜800 |
14:30 - 15:00 | 〜900 |
15:00 - 15:30 | 満行・結願 |
100仏終わる毎に5分程度の休憩があります。疲れたら、休み、体力が戻れば、また始めてください。我慢比べではありませんし、シゴキでもありません。自分自身の心の垢を削ぎ落としていくつもりで行じてください。
参加者の受付は9時から、大講堂で随時。芳名帳に記帳して頂きます。参加費はありません。懺悔文については、大講堂で書いて頂いても構いませんし、自宅等で書かれたものをお持ち頂いても構いません。必ず封印してください。御本尊に御供えした上、月例の護摩供の時に、お焚きあげいたします。寺院の行事には、お彼岸やお盆の施餓鬼会、護摩供など様々ですが、僧俗問わず一体になって勤められる法要は、なかなか無いものです。この三千佛礼拝行は、それが叶えられる数少ない法要です。お誘い合わせの上、是非とも御参加下さい。
御不明の点については、遠慮無く、本坊までお問い合わせください。
当日御参加いただけない場合は、冥加料1,000円で「懺悔文」をお受けしています。前もってお持ちいただくか、郵便にてお送りください。何れも封印してください。開封をいたしませんので、絶対に懺悔文と冥加料は同封しないでください。
懺悔文は、納め不動の12月28日に行われる月例の護摩供にて焚き挙げいたします。
姫路市書写2968 書寫山圓教寺 仏名会維那 宛
「懺悔文在中」と書き、現金書留にてお送りください。
冥加料は1,000円です。
この経典を読誦するならば、よき願いを叶えること間違いなく、この経典を一巻でも安置するならば、国内の神祇が集い来たって、その場所を守護し、転読によって風をおこせば一切の魔障を消除すること疑いなし。
まさに、災いを転じて福をもたらし、災厄を除いて良縁を与える、すばらしい威神力をもった経典です。
総じては、無礙自在にして広大無辺なとらわれのない境地を説き明かしています。まさに光り輝く諸仏の智慧と、深い海のような観世音菩薩の慈悲の発露そのものです。
皆様の光り輝く希望の年の招福延寿のために、開運厄除・家内安全・無病息災等の諸願成就の御祈願をなされますよう、謹んで御案内申し上げます。
奇数月 16日 10:00〜
大講堂
毎年圓教寺では5月28日、勧学会「法華八講」を勤めます。
「法華八講」は『妙法蓮華経(いわゆる「法華経」)』を賛嘆する法要です。
「法華経」は28章で8巻ありますが、「法華八講」ではそれぞれ1巻ずつ解説と黙読、そして問答を繰り返す論議法要です。
比叡山山麓の日吉大社では、毎年「山王礼拝講」が延暦寺の僧侶によって勤められます。この行事も「法華八講」です。
9時30分に始め、所要時間は約2時間〜3時間ほどの予定。
万寿2年(1025)、比叡山山麓の日吉大社の神木が白く変色し一斉に枯れてしまいました。日吉の神様は、比叡山の僧侶らが仏道修養を怠り武装することを嘆かわしくお思いになっており、「日吉大社を出て京の北にある巌に隠れたい」と、日吉大社の神職に神託を授けました。
それを比叡山の僧侶に伝えたところ、早速に山を下り「法華八講」を行ったそうです。この法要の後、神木は元に戻り、緑が蘇りました。
以来、「山王礼拝講」が比叡山の僧侶によって、日吉大社内で勤められるようになりました。
書寫山の鎮守・山の神にたいして「法華経」の功徳を手向ける法会です。
「法華経」には、五種法師といい、この経を受持・読・誦・解説・書写することの功徳、六根清浄が説かれており、他者に対しても大きな功徳の振り向けが可能となることも説かれています。
圓教寺山麓(西坂)にも日吉神社が鎮座されていますが、圓教寺の僧侶は大きな力を持つ日吉神社をはじめとする鎮守様に「法華経」の功徳を振り向け、大いに喜んでいただけるよう勤めます。
力を増しお喜びになった鎮守様が、その偉大な力を社会に及ぼし、社会および人々が魔事無く安寧に過ごすことが出来るよう切に願いながら法要を営んでいます
5月28日 9:30〜11:30頃
奥之院 護法堂拝殿
地蔵菩薩は子供を守ってくれる仏様で、円教寺では長く御逮夜である毎月23日に法要をしていました。
お逮夜(夜宮、宵宮)は本来、お地蔵様のかたわらの祠などで夜を徹してお地蔵様をお守りし、お地蔵様にお供え物をしたりそのお下がりを頂いて一緒に飲食を共にし、新しい着物に着替えて頂いたりする事で、お地蔵様の功徳を頂きます。
23日朝からの法会にご参加頂きますと、24日朝までの丸一日間、一緒に御逮夜を過ごして頂いたのと同じ功徳を頂けますように、お世話をさせていただいていましたが、2019年4月よりお逮夜明けの24日午前からの法要に変更になりました。
天台宗の地蔵比丘(地蔵菩薩を主に信仰する僧侶)である妙運和尚が、三界万霊菩提のために、世に八万四千体のお地蔵様を建立したいと発願されました。
その八万四千体のうちの第五千九百八十番目の地蔵菩薩が円教寺のお地蔵様です。
大正9年、東坂本の梅宮浅治郎氏によって寄進、建立されました。
毎月24日 10:30〜
浅治郎地蔵(摩尼殿階段下)
摩尼殿護摩堂にて不動明王護摩供養法が行われます。
当日参拝はせずご祈祷のみの受付もできます。(後日郵送)
電話FAXメール等で受け付けております。
電話 : 079-266-3327(本坊寺務所)
FAX : 079-266-4908
e-mail: maniden@shosha.or.jp
令和4年の己巳は1/16(日)、3/17(木)、5/16(月)、7/15(日)、9/13(火)…みなるかね大祭、11/12(土)です。
※毎年年末恒例の八日間にわたる宇賀大辯財天浴酒供は、本年度より年明けの2023年3月頃を予定しております。
毎奇数月の己巳の日 14:00〜
摩尼殿
祈願料:1万円〜 / 3万円
己巳以外の日も個人での特別祈願を承っています。
摩尼殿納経所へお声がけいただくか、下記までご連絡ください。
電話 : 079-266-3327(本坊寺務所)
FAX : 079-266-4908
e-mail: maniden@shosha.or.jp
毎年1月の初巳と9月みなるかね大祭だけ授与している特別護符をご用意しています。
コロナ禍の中、様々な苦しみを少しでも免れるよう行者が丹精込めて霊符を作成しています。年に一度、この日しか授与されない霊符です。
行者がわずかな数だけ作っています。お声かけ下さい。
一年の財福開運はもちろん、勝運を呼び込む特別な御守です。
1月/9月のみお申し込み下さい。
冥加料:一体 2,000円(ご参拝の方はお福酒付き)
※発送の場合、護符のみは送料無料。御福酒ご希望の場合送料520円。
2か月に一度の己巳の厳修された天台密教の秘法である浴酒供養法の中で、宇賀神様の御尊像が「浴酒」されたおさがりを授与します。
人肌に温めた清酒に、白檀香や丁子を煮出した香水を混ぜ、御尊像に注ぐ事を浴酒と言い、この下供のお酒は、昔から鬼門避けや御自宅の境界(四方四維)に撒いて結界にしたり、身体の厄難を除くために入浴時に湯に入れてご利益を頂くものです。また御飲用されると諸病平癒、除災招福、諸難消除の功徳があると伝えられております。