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佐佐木 幸綱 選

選者紹介
 佐佐木 幸綱 (ささき ゆきつな)

昭和13年東京都生まれ。昭和46年、第一歌集『群黎』により第15回現代歌人協会賞受賞。昭和49年より「心の花」編集長。平成6年、『瀧の時間』で第28回迢空賞受賞。平成9年『旅人』で若山牧水賞受賞。「朝日歌壇」選者。著書に『万葉集の<われ>』他がある。



天
775 大寒の墨ふくませてなぞりゆく写経に悪といふ字の多し

 はじめて写経を体験したのでしょうか。写経をしてみて「意外な発見をした」という驚きの気持ちがストレートに伝わってきます。お経に「悪」という字など無縁だと勝手に思いこんでいたのです。仏典に詳しくないのでよく分かりませんが、「善悪」「逆悪」「悪世」「悪言」「悪業」等々、「悪」という語がよく使われているようです。自身の手で、実際に写経してみての発見の歌です。




地
152 地の果ての氷塊崩れいるならん氷庫をコトリ氷の落つる音

 身近かな現象と地球規模の現象を思い切って重ね合わせた力業に注目。南米・パタゴニアの氷河大崩落の映像を見たことがあります。十階建てのビルぐらいの氷塊が海に崩れ落ちている場面です。「地の涯の氷塊崩れ」は、ああいうイメージなのだろうと思います。
 地球温暖化によって氷河が滑り落ちる速度が早くなったと聞きます。タイムリーな作でもあります。




人
789 幼子は蝉も花火も怖がりて君影草の花のやうです

 一般的な「幼子」をうたったのではなく、作者の子または孫をうたったか、作者が幼稚園の先生で園児をうたったか、そういう近い関係の「幼子」の歌と読みました。
 「君影草」はスズランの別称です。スズランの花が小さな花がかすかな風にもゆれるように、敏感でゆれやすい幼子だというのです。可愛くてしかたがない作者の思いがうまく表現されています。




十首選
429 窯出しは明日となりたり窯口の数多靴跡に冬陽さしくる
473 お遍路の鈴が追いつき追い越せり書写の裏道九十九折道
483 いつよりか見知らぬ人の名に呼ばれヨシノサンなり母の前には
530 ほくほくと湯気立つ赤飯折りに詰め「ふれあい弁当」五〇〇を仕上ぐ
893 限りなくブルーに近い透明と地球の色を母に伝える
912 「さんかくけい」と「く」を殊更に言ふ教師いかにせむその四角四面を
916 老い父母の話はどこか噛み合はぬ川泳ぐ父野に遊ぶ母
925 ふわふわの苔に陽のさしうぐいすの遊べる昼の書写妙光院
977 皺を取る口の体操いちにさん最後はムンクの叫びとなりぬ
1398 薄ら氷を軽くつつけば蓮の根のよどみに昼の日差しゆらめく


馬場 あき子 選 佐佐木 幸綱 選 永田 和宏 選 栗木 京子 選
小畑 庸子 選 小見山 輝 選 上田 一成 選 水野 美子 選








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