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小畑 庸子 選

選者紹介
 小畑 庸子 (おぱた ようこ)

昭和8年兵庫県生まれ。昭和58年、「水甕」に入会。高鳴健一に師事。「水甕」選者。「水甕姫路」主宰。歌集に『双耳』『木の扉』『梧桐』『孤舟』他がある。姫路歌人クラブ代表・兵庫県歌人クラブ幹事。第29回姫路市芸術文化賞芸術賞受賞。現代歌人協会会員



天
720 花終へし菱の葉に寄りアメンボは夕ぐれ早き眠りにつきぬ

 後部にある四本の長い脚を大きく広げ、水面をいとも軽やかに疾走すると見えるが、あの速度で水を蹴ってゆくには、かなりのエネルギーを消耗するにちがいない。花を終えて、これから静かに結実の時を迎えようとする菱の葉の上で、アメンボは夜にはまだ早い時刻より睡りに入る。
 自然界の中の小さなものたちの営みを、ドラマティックに把えた詩で、作者の繊細で豊かな感性に引かれた。




地
879 はからざる別れに若きいちにんが幼にのこしゆきたるえくぼ

 思いもかけず若くして逝った男性を悼む作品である。彼がまだ幼い息子に遺したのは、笑った時に頬にできる二つのかわいいえくぼである。若すぎる死に対する無念の思いを、自らの子にえくぼとして遺したとする作者の発想は、読者の深くやるせない思いを誘発する。笑うことによって生じる頬のえくぼを、形見としてその父より受け継いだおさな児に幸多からんことを願わずにはいられない。表現されているものの背後は深い。




人
574 けふわれは蓑虫なりき明日も吾はさくらの枝にをります

 蓑虫は見るからにむくつけき容相で、鬼の捨て子とも呼ばれる。秋ともなれば、自らを捨てた鬼を、「ちちよ、ちちよ、とはかなげに鳴く」悲しい蛾である。今日いち日、蓑虫であった作者は、明日も花の盛りの桜の枝からさがっていますよーと訴える。ストイックな自画像である。「ミョウニチモ」と読ませ、桜の枝にをりますと表現することによって、自画像のうしろにひそむウィットを、さりげなく表出した。




十首選
3 雪の原きしきし踏んで郷ゆけば大腿筋より少年となる
121 川の面へ弧を描きつつ白鷺は紙飛行機のごとく入りたり
253 日陰出で日向の鴨に加わりし雌なる鴨の淡き茶の羽
318 白き芽を一ぱい伸ばし馬鈴薯が毒たくわえる納屋の一隅
387 幟立つこんぴら歌舞伎の金丸座奈落は昏き花冷えのなか
399 青白き上弦の月秋の夜の暗闇を背に光をおろす
514 ゆっくりと湯舟につかり全身に小さき気泡を噴き出している
519 喝采のごとく雪降る今宵より人住む古家の小さな明かり
595 洗いたるブルージーンズを叩く音われより立ちて空に響きぬ
614 水張りし休耕田に昼の月うつりゐて村に物音のなし


馬場 あき子 選 佐佐木 幸綱 選 永田 和宏 選 栗木 京子 選
小畑 庸子 選 小見山 輝 選 上田 一成 選 水野 美子 選








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