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栗木 京子 選

選者紹介
 栗木 京子 (くりき きょうこ)

昭和29年愛知県生まれ。高安国世に師事し、「塔」入会。平成7年、『綺羅』で第5回河野愛子賞受賞。平成15年『夏のうしろ』で第8回若山牧水賞、第55回読売文学賞受賞。平成19年『けむり水晶』で第41回迢空賞、第57回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。



天
421 てのひらをかざす焚き火の火の力書写のみやまにもてなしを受く

 焚き火にてのひらをかざしていると身も心も温もってくる。火は単に熱を伝えるだけでなく、太古から受け継がれてきた人の営みの尊さにも気付かせてくれる。
結句「もてなしを受く」のもてなしは、目に見えることだけではなく優しく受け入れてくれる心そのものをも指すのだろう。二句目から三句目にかけての「焚き火の火の力」という表現にも、歯切れ良さと力強さがある。書写山の短歌大会にふさわしい秀作である。




地
613 抱き上げし赤子が拳ひらきたり塀を越したる大向日葵に

 輝くばかりの明るさに包まれた一首である。抱き上げられた赤子と塀を越えてぐんぐん伸びてゆく大向日葵。大空をつかまえようと開かれた赤子の拳と向日葵の黄の花弁。上へ上へ、外へ外へと広がってゆくエネルギーが場面全体から伝わってくる。赤子の顔の大きさは向日葵の花と同じくらいだったのかもしれない。笑顔が目に浮かぶようだ。三句切れの歌のしらべにも躍動感があふれている。




人
879 はからざる別れに若きいちにんが幼にのこしゆきたるえくぼ

 幼児を残してまだ若いまま亡くなってしまった人。えくぼの似合う人だったに違いない。遺された幼児の頬にも亡き人と同じえくぼがあることを見つけ、切なさと愛しさを感じている。死という語を用いずに永遠の別れの悲しみを詠んでおり、選び抜かれた言葉の中に作者の思いやりを知ることができる。ひらがなを多く用いて表現されていることも、歌に味わいを添えている。




十首選
139 ちぎり餅母がちぎりて児が丸め笑ふ声せり春の声なり
309 花山院へ導きくれし柴犬が帰りの茶店に寝そべりており
359 けふの庭はこべかたばみ胡瓜ぐさ芽吹く名前のなべてやさしき
387 幟立つこんぴら歌舞伎の金丸座奈落は昏き花冷えのなか
513 摘み取りしばかりのあおき莢豌豆のきしむ感触右手に広がる
595 洗いたるブルージーンズを叩く音われより立ちて空に響きぬ
669 雪まじり風が硝子戸ならしゆき蕪のポタージュ湯気まで白し
775 大寒の墨ふくませてなぞりゆく写経に悪といふ字の多し
873 ほのあかき月の光が拳骨の疵もつ扉にぢつと触れゐる
1123 「突入す」無線きく耳打ちし指ともに沈みぬ播磨の海に


馬場 あき子 選 佐佐木 幸綱 選 永田 和宏 選 栗木 京子 選
小畑 庸子 選 小見山 輝 選 上田 一成 選 水野 美子 選








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