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上田 一成 選

選者紹介
 上田 一成 (うえだか ずなり)

昭和14年兵庫県生まれ。昭和37年、「ポトナム」に入会。頴田島一二郎に師事。「ゑちうど」創刊、同主宰。歌集に『折損理由』『段差』『スモーク』などがある。姫路歌人クラブ副代表・兵庫県歌人クラブ幹事。姫路市芸術文化年度賞を受賞。現代歌人協会会員



天
855 シンビジウムの大鉢かかえバスに乗る子を抱くように春抱くように

 シンビジウムはラン科の植物で高級感のある美しい花が咲く。しかし狭いバスの中ではむしろ迷惑な荷物として見られただろう。それを庇い慈しむ気持を「子を抱くように」と動作に替えて詠む。続く「春抱くように」のリフレインからも、この花鉢が喜びの心で充たされていることが伝わってくるのである。




地
839 冬の夜を黒の布地にむき合いてしくしく針へそわせる呼吸

 作者は黒衣を縫っているのであろうか。「しくしく」の音韻にどこか哀しみや痛みが漂っているのである。冬の夜の慎ましい針の運びと共に無音の中での一針ごとの作者の息遣いまでが聞こえてくるような一首である。「針へそわせる呼吸」にまさしく作者の針の先のような繊細な感性が窺える。




人
172 剃りし髭夕べになればぞりぞりと生きているのだこの私も

 一首のこの力強い措辞。もしかすると作者は最近体力に自信をなくしかけていたのかも知れないが、自分の身体に秘められた生命力に驚き、且つ己れの精神に檄を投げかけているのである。「この私も」の「も」は重要である。即ち読者にもエネルギーを与え、生命力を喚起することであろう。「ぞりぞり」にも命の手ざわりさえ感じられるのである。




十首選
78 我が喉を下り行きたる黒き蛇胃の俯を覗き心も覗く
142 結願は花の盛りに迎へむか寺四つほどを残しておきぬ
187 絵画展の入選通知とどきたり双子兄弟の弟ひとりに
203 目醒めたるヤマネやリスに擽られくすくす春の山笑い初む
221 六通の封書片手に雪しぐれ避けんとポストに傘差しかける
350 白壁にパントマイムの青蜥蜴影のない冬ゆっくりと過ぐ
449 ふはふはと遠近老乱せめぎあひわたしに笑む人はてどなたさま
519 喝采のごとく雪降る今宵より人住む古家の小さな明かり
587 私の座ってよい場所ありますか 小さな椅子を探しています
1215 泣くことを先延ばしにして暮らしをりダリアが赤いキャベツが安い


馬場 あき子 選 佐佐木 幸綱 選 永田 和宏 選 栗木 京子 選
小畑 庸子 選 小見山 輝 選 上田 一成 選 水野 美子 選








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