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水野 美子 選

選者紹介
 水野 美子 (みずの よしこ)

大正11年大阪府生まれ。昭和33年、「コスモス」に入会。宮柊二門に入る。直接は初井しづ枝に師事。姫路歌人クラブ顧問。歌集に『すなはち光』『翼とならむ』『天の篝火』などがある。第36回O先生賞・第50回コスモス賞・姫路市芸術文化賞文化賞を受賞。



天
1351 もう一度おまえが生まれたようだねとじいじになった父が呟く

 初孫(であろう)誕生の喜びを言いあらわす父上の言葉が何ともすばらしい。
「おまえにそっくりだね」と言う人は多いと思うが、いささかタイムスリップ気味に、父または母になったわが子をまるごと包み込む父上は、豊かで愛に満ちた人生を踏みしめている人に違いない。父から子へ、子から孫ヘーこうしていのちと歴史はつながってゆく。




地
1287 積まれたる廃車はライト外されて驟雨に昏き眼窩を濡らす

 素材に類型はあるかとも思うが、一首の情景が醸し出す雰囲気の、ホラーめいた妖しさが目を惹く。車として健全に走っていた時にはらんらんと光った筈のライトだが、その跡が今は髑髏を思わせて無気味だ。雨がそれに拍車をかける。この人の世に潜んでいるどうしようもない闇の部分を暗示しているようだ。




人
134 街路樹の大き影より歩み出で光の中にわが影と会ふ

 光と影は表裏一体のもの。存在のあかしである。広く枝葉を繁らせた大木の下を歩いている間は路上にはその木の影しか見えなかったのに、天から直接光を受けた途端わが身の影がくっきりと落ちたのだ。まさにアイデンティティーである。
「歩む」という行動がそれを可能にした。結句「会ふ」の感受も象徴的である。




十首選
67 三百七十一メートルの書写山を一メートルだけ転んで下りる
148 我が植えし椿の銘は太郎冠者「ここに、ここに」と花の咲き次ぐ
318 白き芽を一ぱい伸ばし馬鈴薯が毒たくわえる納屋の一隅
649 落ちさうにトマトが真赤に熟したよフランスパンを買って帰らう
680 父の植ゑし菖蒲一叢匂へるを草刈る畦にわれは愛しむ
853 カテーテル持つ手が夜勤のナースめく夫の導尿介助なすとき
931 身をよじり周囲見まわすみどり子の知りたき世界三百六十度
977 皺を取る口の体操いちにさん最後はムンクの叫びとなりぬ
1002 降る降るとほめるから降る山の雪「ガチ降りですよ」とメールが届く
1113 子供らの帰りしのちの校庭がゆふ空の下たひらにありぬ


馬場 あき子 選 佐佐木 幸綱 選 永田 和宏 選 栗木 京子 選
小畑 庸子 選 小見山 輝 選 上田 一成 選 水野 美子 選








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